昆布駅。山線はとにかく本数が少ないので、一人時間つぶしが上手くない私にとっては降りるのに躊躇する駅でありましたが、今回の旅行では思い切って降りてみました。温泉施設で約3時間、温泉にむりやり1時間も入っていましたが、それでも残り2時間。結局休憩所の端っこでTV見て、食堂でご飯食べて時間を潰しましたが、ヒマなのはやはり大変です。
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2009年4月19日日曜日
木更津駅前の空洞化がひどい
昔住んでいたということもあって、木更津には暇なときによく訪れるのだが、行くたびに駅前がどんどん荒廃していっている印象を受ける。
まず東口。2年くらい前に行った時には、「サラ金の看板だらけになっちゃったな」と思ったもんだが、今はそのサラ金店すら潰れて空家になっていたりする。かつてのダイエーは、撤退後に入ったテナントも建物の老朽化を理由にすでに退去してしまい、落書きの目立つ薄暗い廃墟。前の通りにはマックとパチ屋しかなく、必然的にヤンキー兄ちゃんのたまり場となっていた。
この近辺にはダイエーの他に、かつては本屋に文具屋その他小さい店が密集していたのだが、現在では空き地になっているところもあり、夜はちょっと怖い。ダイエーの建物は老朽化しているそうだから、取り壊してそのあとなにか建てるのか。もしあのまま廃墟が放置されるようなことがあれば、この近辺は治安が悪化しそうで心配である。
アクアラインの開通で東口には高速バスが発着するようになったが、この案内所兼待合所として2階建ての建物がある。以前は2階が待合所でコイン式のパソコンなんかもあり、私もこれでネットをしたことがあったが、今日行ったら2階は都合により閉鎖だと。階段は板張りで塞いであったが、そこにスプレーで大きく落書きがしてあって、閉鎖にした理由もなんとなく知れてしまった…。
高速バスはひっきりなしに入ってきてロータリーだけは賑やかに見えるのだが、EPO跡地の平面駐車場の部分など全体的に薄暗い駅前になっている。原付バイクのエンジンをふかしまくる音がうるささびしい。
かたや西口。こちらは旧そごうの建物があるが、いまだにテナントが出たり入ったりで落ち着かない。せっかく1階に激安スーパーが入ったと思ったら、これもビルを管理する管理会社との関係がギクシャクしていたらしく、やむなく撤退しますと張り紙が。まあどちらが悪いのか知りませんが、しかしこんなに簡単に貴重なテナントに出ていかれてしまうとは、いったいどういうことだろう。
2階はそごう時代からのテナントを集約して営業を続けているが、3階はいつまでたっても準備中。多分そごう撤退後からずっとこのままのような気がする。4階は最近スポーツ用品店が、5階はスポーツクラブが入った。6階は105円で15分遊び放題のJJクラブ、7階は巨大な100均、8階は英会話屋とチャレンジショップがずいぶん前から入っている。9階のレストラン街は、2店舗位が最後まで頑張っていたのだが、ついに諦めたのかフロアごと閉鎖になっていた。昔はここでよく夕食を食べたのに、寂しい限りだ。
今回驚いたのが、エスカレーターの運転が5階までに短縮されていたこと。たしかに6階より上はダイソーしかまともな店はないので(6階は元々エスカレーター側の入口を塞いで使用していない)、ダイソーのためだけにエスカレーターを動かすのも費用対効果が低すぎるのだろうが、品ぞろえ豊富な店で目玉になりえるテナントなだけに残念である。テナントのフロア配置には当初から疑問を感じていたが、やはりここにきて悪い影響が出始めてきている。
あと、西口もうひとつの大規模店舗であったショッカーの跡地が、立体駐車場になっていた。商店街なのに駐車場とはねえ。
今回久々に木更津駅前をじっくりとうろついて思ったのは、西口はもうあきらめて東口に特化した方がいいような気がした。かつて両側が栄えていた時期は確かにあったが、それは西にはそごう・ショッカー、東にはダイエー・EPO(旧西武)という大店舗があったからこそ可能だったわけで、しかし現在はそのすべてがなくなってしまったわけであるのだから…。もうどっちかに絞って店を誘致するしか…。
なんか適当に長文を書いてしまった…。
まず東口。2年くらい前に行った時には、「サラ金の看板だらけになっちゃったな」と思ったもんだが、今はそのサラ金店すら潰れて空家になっていたりする。かつてのダイエーは、撤退後に入ったテナントも建物の老朽化を理由にすでに退去してしまい、落書きの目立つ薄暗い廃墟。前の通りにはマックとパチ屋しかなく、必然的にヤンキー兄ちゃんのたまり場となっていた。
この近辺にはダイエーの他に、かつては本屋に文具屋その他小さい店が密集していたのだが、現在では空き地になっているところもあり、夜はちょっと怖い。ダイエーの建物は老朽化しているそうだから、取り壊してそのあとなにか建てるのか。もしあのまま廃墟が放置されるようなことがあれば、この近辺は治安が悪化しそうで心配である。
アクアラインの開通で東口には高速バスが発着するようになったが、この案内所兼待合所として2階建ての建物がある。以前は2階が待合所でコイン式のパソコンなんかもあり、私もこれでネットをしたことがあったが、今日行ったら2階は都合により閉鎖だと。階段は板張りで塞いであったが、そこにスプレーで大きく落書きがしてあって、閉鎖にした理由もなんとなく知れてしまった…。
高速バスはひっきりなしに入ってきてロータリーだけは賑やかに見えるのだが、EPO跡地の平面駐車場の部分など全体的に薄暗い駅前になっている。原付バイクのエンジンをふかしまくる音がうるささびしい。
かたや西口。こちらは旧そごうの建物があるが、いまだにテナントが出たり入ったりで落ち着かない。せっかく1階に激安スーパーが入ったと思ったら、これもビルを管理する管理会社との関係がギクシャクしていたらしく、やむなく撤退しますと張り紙が。まあどちらが悪いのか知りませんが、しかしこんなに簡単に貴重なテナントに出ていかれてしまうとは、いったいどういうことだろう。
2階はそごう時代からのテナントを集約して営業を続けているが、3階はいつまでたっても準備中。多分そごう撤退後からずっとこのままのような気がする。4階は最近スポーツ用品店が、5階はスポーツクラブが入った。6階は105円で15分遊び放題のJJクラブ、7階は巨大な100均、8階は英会話屋とチャレンジショップがずいぶん前から入っている。9階のレストラン街は、2店舗位が最後まで頑張っていたのだが、ついに諦めたのかフロアごと閉鎖になっていた。昔はここでよく夕食を食べたのに、寂しい限りだ。
今回驚いたのが、エスカレーターの運転が5階までに短縮されていたこと。たしかに6階より上はダイソーしかまともな店はないので(6階は元々エスカレーター側の入口を塞いで使用していない)、ダイソーのためだけにエスカレーターを動かすのも費用対効果が低すぎるのだろうが、品ぞろえ豊富な店で目玉になりえるテナントなだけに残念である。テナントのフロア配置には当初から疑問を感じていたが、やはりここにきて悪い影響が出始めてきている。
あと、西口もうひとつの大規模店舗であったショッカーの跡地が、立体駐車場になっていた。商店街なのに駐車場とはねえ。
今回久々に木更津駅前をじっくりとうろついて思ったのは、西口はもうあきらめて東口に特化した方がいいような気がした。かつて両側が栄えていた時期は確かにあったが、それは西にはそごう・ショッカー、東にはダイエー・EPO(旧西武)という大店舗があったからこそ可能だったわけで、しかし現在はそのすべてがなくなってしまったわけであるのだから…。もうどっちかに絞って店を誘致するしか…。
なんか適当に長文を書いてしまった…。
2009年4月18日土曜日
久留里線に乗る
今日は久留里線に乗車しました。以前から気になっている路線ではありましたが、乗るのは今日が初めて。木更津駅からの行きはキハ37に、帰りはキハ30に乗車。久々に乗る気動車の乗り心地はとてもよかったですが、全車ロングシート車なのは残念。通学者主体の路線なのでいたしかたないのですが。
木更津といえば「木更津ヤンキー」というか、とにかく学生のガラが悪いことで有名。車内を学生が占拠していたら乗車をやめようかなと思いホームに向かうも、土曜日ということもあり2両編成の車内に学生の数はマバラ。ホッとして車内に乗り込む。
キハ37はデッキは無いが、片側2扉。長ーいロングシートが目を引く。かたや2両目のキハ30は片側3扉で、なんと戸袋無しドアー。今年は平成21年だが、まだこういうレトロ車両が残っていてくれていてうれしい。
久留里線はほぼ一時間に1本のペースで運行される。朝夕に最高4両編成も走るが、日中基本は2両編成。ワンマンではなく車掌が乗務する(ワンマンでは車内の治安が守れないであろうw)。
久留里線の最大の注目点は、やはりタブレット交換。横田と久留里の両駅で見ることができる。駅長さんの出発合図(青旗振り)はいまや貴重な光景である。首都圏にこういうのが残っているというのがすごいですよね。そういえば千葉県を走る鉄道車両は、国鉄時代生まれのものがいまだ多いような気がする。
結局行って戻ってくるだけではあったが、久留里線完乗を達成。こんどは途中駅に降りる旅もしてみたいですね。
木更津といえば「木更津ヤンキー」というか、とにかく学生のガラが悪いことで有名。車内を学生が占拠していたら乗車をやめようかなと思いホームに向かうも、土曜日ということもあり2両編成の車内に学生の数はマバラ。ホッとして車内に乗り込む。
キハ37はデッキは無いが、片側2扉。長ーいロングシートが目を引く。かたや2両目のキハ30は片側3扉で、なんと戸袋無しドアー。今年は平成21年だが、まだこういうレトロ車両が残っていてくれていてうれしい。
久留里線はほぼ一時間に1本のペースで運行される。朝夕に最高4両編成も走るが、日中基本は2両編成。ワンマンではなく車掌が乗務する(ワンマンでは車内の治安が守れないであろうw)。
久留里線の最大の注目点は、やはりタブレット交換。横田と久留里の両駅で見ることができる。駅長さんの出発合図(青旗振り)はいまや貴重な光景である。首都圏にこういうのが残っているというのがすごいですよね。そういえば千葉県を走る鉄道車両は、国鉄時代生まれのものがいまだ多いような気がする。
結局行って戻ってくるだけではあったが、久留里線完乗を達成。こんどは途中駅に降りる旅もしてみたいですね。
2009年4月17日金曜日
2009年4月14日火曜日
なんにもないけど駅だけは立派
みちのく路にボックスシートが帰ってきた
(E721系)
3月の上旬に、北海道へ行ってきました。今回は久々の鈍行闘争に挑戦しました。
早朝に上野を6時頃出発し、正午ごろには仙台に到着。画像は仙台駅ホームに止まっていた車両です。今回の旅行では黒磯-郡山間と福島-仙台でこの車両に乗車しました。
この車両は最近投入された新車のようで、おそらく701系の後継という位置づけになるのでしょうが、その割には車内はセミクロスシートなのです。701系のロングシートに文句タラタラだった我々18族にとっては、これはかなり喜ばしいことであるように思います。
ただ相変わらずの2両編成で車内大混雑なのは、これはもうどうしようもなさそうです。このさい2編成くっつけて、全列車4両にしてくれ給えよ。政令指定都市仙台近郊ぐらいはせめて・・・。